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第12回(連載最終回)
「動き出した運命」
その日、女子大小路は快晴。風はそよそよと適度に快く、日差しは強過ぎず弱過ぎず。春という季節の素晴らしさに満ちた最高に気持ちの良い日だった。
13時、広中大夏は池田公園のすぐそばのビルの二階にある「カイビガン」というフィリピン料理店にいた。メリッサとレイチェルは約束の時間ちょうどに来た。
「ここ! ここ!」
笑顔で立ち上がり、ふたりに手を振る。そしてテーブルの反対側に回り、ふたりが座りやすいように椅子を引く。
「今日は俺の奢りだから安心してね。さ、何でも好きなもの、頼んで!」
大夏の言葉に、メリッサもレイチェルも逆に顔をしかめた。
「ダイキ。ワルイモノ拾ッテ食ッタカ?」
「オマエノ話ッテダケデ安心ハ無理」
小柄でダイナマイト・ボディのメリッサと、背が高くてスレンダーな美女のレイチェルは、ともに親戚訪問という名目で日本に来た。今は、女子大小路にあるフィリピン・パブ「パリス」で働いている。
『日本ノ男トゼッタイ結婚!』
それが彼女たちの口癖だが、大夏はその候補からはとっくに外されていた。
「ダッテオマエ、男トシテ全然ダメ」
「金、名誉、将来性。オマエ全部ナイ」
散々な言われようだが、それでもなぜか、大夏はふたりを友達だと思っていた。
「実は、昨日も電話で言ったけど、ふたりに頼みがあるんだ」
700円のランチとフルーツ・ジュースをふたりの前に置きながら大夏は言った。
「実は、私立探偵をやろうと思ってさ」
メリッサとレイチェルは、ふたり同時にジュースを噴き出した。
「イキナリ何ダ!」
「ヤッパリワルイモノ食ッタカ?」
「そうじゃないよ。この間、老松公園で小学生の女の子が殺された事件あったでしょ? 実はいろいろあって、俺、その事件の犯人を捕まえることにしたんだ。だから、ふたりにも協力して欲しいと思って」
「話ガ見エナイ」
「オマエ、イツモ馬鹿ノ話シ方ダ」
「そうやってすぐに文句言わずに聞いてよ。実は殺された女の子は、父親から虐待されてたかもしれなくて、そのことで児童相談所の女の子がとっても心痛めてて、その子は、心もとっても綺麗なだけじゃなくて顔もすごく可愛くて」
「ナンダ。女ニイイ格好シタイダケカ」
「違うって! 悪人を捕まえたいんだよ! 姉さんたちだって、そのうち結婚して子ども産むでしょ? その時に、この名古屋の街が、もっと平和で安全な街になってて欲しいとは思わないの?」
その後の会話は省略するが、要は、情報提供の呼びかけである。クラブ、キャバクラ、パブなどは情報の宝庫だ。客の多くは女の子たちの気を引くために「ここだけの話」というやつをたくさんするからだ。メリッサもレイチェルも、小学生の女の子が連続して殺されたというニュースは知っていたし、ひとりの女性として、その犯人には強い嫌悪感を持っていた。決して700円のランチに買収されたわけではないが、
「佐野亨吾と、あとカタカナのヤマモトって男について情報を集めて欲しい。それと、児童相談所の神保って課長についても、もし情報があったら教えて欲しい」 という大夏の頼みを聞くことにした。
大夏は次に、同じ栄にある「大福屋」という定食屋に向かった。店の端のテーブルに座り、ランチタイム営業が終わるのをじっと待つ。新顔らしい若いバイトが「ご注文は?」と訊きに来たので「水だけでいいです」と返事をする。
「いや、水だけっていうのはちょっと」
「いや、俺は食事じゃなくて、拓くんと話をしに来ただけだから」
「拓くん?」
「熊木拓。この店の大料理長だよ!」
大福屋には料理人はひとりしかいないのを知っていたが、大夏はあえて大袈裟に言ってみた。少しはウケるかと思ったが、全くダメだった。やがて他の客たちが全員完食して満足そうに店から立ち去ると、厨房からお目当ての料理人が出てきた。
「拓くん! お久!」
そう言って大夏が小さく手を上げる。
「次会うときは、借金全額返済する時だから……とか言ってなかったっけ?」
熊木拓は大夏の向かい側の椅子に座りながら言った。
「ごめんごめん。でも、月末に『タペンス』のバイト代が入るから、そしたら全額スパッと! スパッと返します!」
大夏の働く「タペンス」とここ「大福屋」は、どちらもオーナーが高崎順三郎で、その縁で大夏は拓と知り合った。そして「誕生日が同じ」という偶然が、ふたりをプライベートでも友人関係にしてくれた。ただ、ふたりが同じなのは誕生日だけで、性格その他は正反対に近い。拓は堅実で努力家で計画通り物事を進めるのが好きで、将来の目標に向かって日々着実に前進するタイプだ。拓の作る料理は安くて美味しく、女子大小路のパブやキャバクラなどから頻繁に出前のお願いが来る。見た目はキリッとした二枚目で、しかし性格は真面目でチャラいところが無いので、ビルのオーナー連からの信頼も厚いしキャバ嬢たちからの人気も絶大だ。
「小学生の女の子が殺された事件。あの犯人、捕まえようと思ってるんだ」
先ほどと同じ話を拓にもする。
「私立探偵ねえ。そんなの素人がいきなりやれるかなあ」
「やれるかやれないかじゃないんだよ。正義のために、男にはどうしてもやらなくちゃならない時っていうのがあるんだよ」
大夏が力強く言うと、拓はまた苦笑いを浮かべた。
「なるほど。大夏くんはその彼女が好きなんだね?」
「え?」
「元カノの結婚式で偶然再会したっていう、その女の子。名前、何て言うの?」
「か、加納秋穂ちゃん……」
☆
「じゃ、公園から車で走り去ったっていう、白い手袋の男の話をしようか。あ、もちろん、トモダチとして、ふたりっきりの内緒の話だよ? それ、そのまま警察にチクったらぼくはかなり傷つくよ?」
そうヤマモトがタペンスに脅しにきた時、大夏の携帯電話が鳴った。
「おっと、警察かな?」
「まさか。違いますよ」
「そう? なら、何で電話に出ないの?」
「それはその、今は仕事中なんで」
「客、ぼくとぼくの連れしかいないじゃない。良いよ。電話に出てよ。ずっと鳴ってるよ。急ぎの用事かもしれないよ」
そこまで言われ、大夏は渋々携帯を取り出した。着信画面を見てホッと安堵する。電話は高崎からで、とある結婚式の二次会の出張バーテンの依頼だった。まさかその結婚式が、自分の元カノの結婚式とは思わなかっし、そこで加納秋穂と再会できるとも思っていなかった。
☆
当日、その二次会が終わる頃、秋穂の方から大夏に話しかけてきた。
「この後、大夏さん、忙しいですか?」
「え?」
「あの日、あのまま逸れちゃったし。公園の事件のこともすごくショックだったし。実は、その後も私いろんなことがあって……そんな話も大夏さんに聞いて欲しいなってなぜか思ってしまって」
「え……俺に、話を、聞いて欲しい?」
「はい。麻実子はあんなに大夏さんにひどいことをしたり言ったりしたのに、それでも大夏さん、結婚式を台無しにしないように、笑顔でお仕事されてて……そんな大夏さん見てたら、『ああ、この人は絶対信用できる』って、私、思えちゃって」
「あ、あ、秋穂ちゃん……」
それからふたりは、定休日だったタペンスに移動して、たくさんの話をした。秋穂が、被害者の佐野あすかをもともと知っていたこと。被害者の父親を怪しいと思っていること。でも、その父親は政治家の秘書で、なぜか、自分の上司にも圧力をかけている気がすること。佐野あすかを救えなかったことが、今でも悔しくてならないこと。そんな話を聞いているうちに、大夏は思わず叫んでしまったのだ。
「じゃあ、俺たちふたりで、佐野あすかちゃんを殺した犯人を捕まえようよ!」
「え?」
「大丈夫。こう見えて俺、すごい人脈 持ってるから!」
☆☆
「おーい! そのすごい人脈っていうのが、メリッサとレイチェルと俺のこと?」
そう言って、抗議するように拓は大きく手を広げた。
「いやいや。三人とも、女子大小路のことなら警察より情報通だろ? 実は、秋穂ちゃんの話によると、佐野亨吾は毎晩のように女子大小路で飲んでるらしいんだよ」
「大夏くん。それ、さすがに手がかりと しては弱すぎない?」
「大丈夫! 何事もレッツ・ポジティブ! 今度とっておきのカクテル奢るから!」
こうして大夏は自らの運命を決めてしまった。秋穂に良いところを見せようと探偵の真似事を始めた大夏は、わずか五日後には再び死体を見つけ、更にその三週間後には、久屋大通公園にある「希望の泉」という噴水脇のベンチで、殺人犯から首筋に注射針を突き立てられることになるのである。
[ 連載完 ]